GPT構文とは何か

最近、ChatGPTを使うことが増えました。以前に比べると日本語はかなり自然です。数年前によくあった「意味は分かるけれど、日本人はこんな言い方をしない」という文章はかなり減りました。

それでも、ChatGPTが書いた文章を何本も読んでいると、妙な癖が見えてきます。「これ、AIに書かせたな」と感じる文章があります。巷では、それを「GPT構文」と呼ばれたりしてます。

「おじさん構文」という言葉がありますが、それと似た感覚です。決まった文法があるわけではないのに、特徴がいくつか重なると急にそれっぽく見える。GPT構文も、使う単語より文章全体のリズムに特徴があるように思います。

一番分かりやすいのは、異様に縦へ伸びる文章

以前、ChatGPTに記事を書かせていたとき、こんな文章が出てきました。

むしろ最近はかなり上手です。
誤字も少ない。
文章の構成もきれい。
説明も丁寧。
見出しまで勝手に整理してくれる。
普通に考えれば優秀です。
ただ、

内容だけなら「最近は文章もかなり上手で、誤字も少なく、構成や説明もきれいです」で済みます。ところがChatGPTは、一つ一つを短い文章にして改行します。情報量はほとんど変わらないのに、画面だけがどんどん縦へ伸びていきます。

スマートフォンでは短い段落の方が読みやすいという考え方もあるのでしょうが、何千文字もこれが続くと独特のリズムが生まれます。

直すコツ: 最近はChatGPTに書かせた原稿を修正するとき、文章の内容より先に段落をつなげることがあります。三つに分かれている文章を一段落に戻すだけで、ずいぶん普通のブログらしくなります。

本題に入る前の「どうでもいい3行」

GPT構文には、話の本筋に入るまで妙に助走が長いという特徴もあります。たとえば何かのサービスについて書くとします。人間なら「使ってみると便利でしたが、ここは気になりました」と書けば済むところを、ChatGPTは「操作は簡単です」「スマホからも使えます」「初心者でも迷いにくいです」と周辺情報をいくつか置いてから話を進めることがあります。

一つ一つは間違っていません。問題は、それほど必要でもない説明が毎回挟まることです。これが記事全体で繰り返されると、読む側はなかなか本題へたどり着けません。

「ただ、」「一方で、」「つまり、」が多すぎる

その助走の終わりによく登場するのが「ただ、」です。良いことを数行並べたあとに「ただ、」と書いて欠点へ移る。このパターンを一度覚えると、ChatGPTの記事を読んでいる途中で次の展開が予想できるようになります。

接続詞そのものは普通の日本語です。私も使いますし、人間が書いた記事にも当然出てきます。GPTっぽく見える原因は頻度だと思います。褒めたあとに「一方で」、説明したあとに「つまり」、注意点へ入るときに「ただ」、少し強調したいときには「ここで重要なのは」。文章を整理するための言葉が、一定間隔で登場します。

チェックポイント①: 「ただ、」「一方で、」「つまり、」が1000文字あたり何回出てくるかを数えてみると、GPT構文の濃さがある程度客観的に判断できます。人が書いた文章より明らかに間隔が均一な場合は、AI度が高いサインです。

「AではなくB」が妙

もう一つよく見るのが、「問題はAではありません。Bです」という書き方です。

  • 「大切なのは記事数ではありません。記事の質です」
  • 「これは単なる翻訳ではありません。ローカライズです」
  • 「必要なのはAIを使わないことではありません。使い方を考えることです」

一回なら格好いいんですが、何度も出てくると急に演説っぽくなります。ChatGPTは文章を少しドラマチックに整えようとして、こういう対比を作ることがあります。ブログを書いている本人はそこまで大げさなことを言っていないのに、AIに渡すと名言っぽく加工される。これもGPT構文の面白いところです。

チェックポイント②: 「AではなくB」の対比構文が1記事に2回以上出てきたら、明らかに書きすぎです。1回だけ残して、あとは普通の説明文に戻すと落ち着きます。

丁寧すぎて同じことを何度も言う

ChatGPTの原稿を直していると、「これさっきも言ってなかった?」と思うことがよくあります。最初に結論を書き、その理由を説明し、章の最後でもう一度同じ結論を書き、記事の最後に「まとめ」としてもう一度書く。内容が間違っているわけではありませんが、読者は最初の一回で理解しています。

これは私が自分の記事を直すときによく削るところです。説明を半分くらい消しても意味が通じるなら、消してしまった方が読みやすいことが多いです。

人間は意外と不親切です。「このくらい分かるだろう」と説明を飛ばします。ChatGPTは反対で、読者が迷わないように全部説明しようとします。その親切さが積み重なると、文章がくどくなります。

山口

ChatGPTの原稿、結論を3回くらい言ってる気がするんだよな。

エリィ

それ、読者への親切心が仇になってるパターンですね。1回目で伝わっていれば、2回目3回目は思い切って削っちゃっていいと思います。

きれいに整えすぎると人間らしさが消える

GPT構文を見ていると、AIっぽい文章というのは「文章が下手だからAIっぽい」のではない気がしてきます。むしろ、整えすぎているからAIっぽくなることがあります。

見出しの長さが揃っている。箇条書きの粒も揃っている。メリットのあとにはデメリットが来る。最後には結論がある。話が脱線しない。会社の資料なら非常にいいと思います。

個人ブログだと少し事情が違います。途中で余計なことを書いたり、急に個人的な感想が入ったり、「まあこれはどうでもいいんですが」と話を切り上げたりする。その雑さも書き手の個性です。ChatGPTに記事全体を任せると、その凸凹まで削ってしまうことがあります。誰の記事を読んでも似た雰囲気になるのは、そのせいかもしれません。

注意: AI文章を人間っぽくするために、わざと口語を入れたり誤字を入れたりする必要はありません。ChatGPTが整えすぎた部分を少し崩すだけで、それだけで自分の文章に近づきます。無理に「崩す」ことを目的化すると、逆に不自然になるので注意してください。

GPT構文を消すだけで文章はかなり変わる

私はChatGPTに記事を書かせたあと、全面的に書き直すことはそれほど多くありません。内容や構成は使えることが多いからです。手を入れるのは文体です。短く分かれすぎた段落をつなぎ、「ただ」「一方で」「つまり」を減らし、同じ説明が二度出ていたら片方を消します。大げさな「AではなくB」も普通の文章へ戻します。

私の場合、ChatGPTは下書きを高速で作る編集アシスタントとしてかなり便利です。完成原稿をそのまま受け取るというより、良い下地を作ってもらって、最後の癖だけ自分で直す使い方になっています。プロンプトの与え方そのものを工夫したい場合は、以前まとめたClaudeが指示と違うことをする時に効くプロンプト制御テクニックや、効果的なプロンプト構造で生産性を上げる会話設計の記事も参考になると思います。

チェックポイント③: GPT構文を辞めさせたいなら、このブログの記事をChatGPTに読み込ませて、「今後GPT構文をなるべく書かないようにしてください」と指示すると、かなりGPT感が薄い文章を作成する事が出来ます。自分が普段書いている文章のサンプルを渡すのが一番効果的です。

ChatGPT本体そのものの賢さと、実際の執筆・編集ワークフローでの使い勝手は別の話だという点は、以前ChatGPT・Work・Codexのツール連携の弱さについて書いた記事でも触れました。文章のクセを直すのも、結局は「AIが出した一次生成物を、人間がどう仕上げるか」という同じテーマの延長にあると感じています。大量の記事をAIに書かせて仕上げていく実践例としては、Claude Coworkで3週間・画像500枚・記事執筆をした実践記録も参考になります。

まとめ

GPT構文は、文法が間違っているわけでも、内容が悪いわけでもありません。ただ、一文ごとの改行、本題前の助走、「ただ・一方で・つまり」の多用、「AではなくB」の対比、丁寧すぎる繰り返し、整えすぎた構成——こうした特徴が重なることで、読み手に「AIが書いたな」と感じさせてしまいます。

ChatGPTに下書きを任せるのは効率的ですが、最後にこれらの癖を意識して手直しするだけで、文章はかなり自分の言葉らしくなります。完成原稿をそのまま使うのではなく、良い下地として使い、最後の一手間を自分で加える。それが今のところ、一番現実的な付き合い方だと感じています。